日蓮正宗 根室山 法海寺

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◎子孫に伝えたい護法の功徳

『子孫に伝えたい護法の功徳』 法明寺支部 H・Tさん

『子孫に伝えたい護法の功徳』 法明寺支部 H・Tさん

私は姉と兄、弟の4人兄弟てす。皆それぞれ所帯を持って、宮城県の気仙沼に住んでいます。私は縁あって富士宮市の方と結婚して富士宮に住んで40年になります。3人の子供も結婚して、皆御本尊様を持ち、幸せな家庭を築いています。兄は永らく外国航路の船長をしていましたが、今は退職して気仙沼で悠々自適の生活をしています。

しかし、このたびの3月11日の大地震と津波には本当に驚かされました。本日の話は、兄と弟のことです。弟は船に乗っていますが、ちょうど漁を終えて、入港するときに大地震が発生したそうです。とっさに「このままでは他の船や岸壁にぶつかって壊れてしまう。不安な面もあるけれど、船を守るには沖に出るしかない」と判断したとのことです。

以下は弟の語ったことです。「そうこうしている間にも、津波の前兆が感じられ、運を天に任せて沖に出ることになりました。思った通り天にも迫る勢いで津波が迫ってきて、もうだめかと思われるほど船は激しく揺さぶられ、何度も何度も波を被りました、ようやく沖に出ることができると、沖のほうは大きなうねりは続きましたが、どうにか船は安定しました、乗組員は皆、身心共に疲れて、助かったという安心感で、しばらくは放心状態でした。一休みしてから、港へ帰ろうということになりました。

港へ近づいてみると、津波で防波堤は壊れていました。さらに、沈んだ船や壊れたカキの養殖の筏などの残骸が重なっていて、とても入港できるような状態ではなかったので、石巻へ向かいました。石巻の港もたいへんな状態でしたが、自宅の家屋や家族が心配で早く帰りたい一心で、多くの残骸を避けながら、何とか港の端の方に船を着けて上陸しました。家へ帰るにも、汽車も走っていなければ車もないので、歩いて帰ることにしました。地崩れや地割れがひどく、地獄のような光景の中を歩き通しに歩いた空腹と疲れで、どこをどう通ったかも覚えていない状態でした。

翌日、トラックが通りかかったので、大きく手を振って止め、乗せてもらうことにしました。乗せてもらえたときは『天の助け』だと思い、運転手を見ると何と隣の家の人でした。お陰で無事に家に帰り着くことができました」ということでした。

そして兄の方は地震が来た時は、これは津波が来るぞと直感したそうです。ただ御本薄様を御護りすることだけを考えてお仏壇からむしり取るようにして御本尊様をつかみ、波にさらわれないよう自分の体にしばりつけて逃げたそうです。

周りの家は流されてしまいましたが、兄の家は流されずに助かりました。二、三日後、避難所から戻って家を見ると、畳の上に湯呑みが一つ落ちているだけだったそうです。電話の向こうの兄は、「御本尊様の御力って、本当にすごいぞ」と、御本尊様の不思議な御力に対する驚きと感謝で、ただただ興奮して話し続けるだけでした。

私はそれを聞いていて、逃げるだけでもたいへんな中を、御本尊様をお護りしたその功徳で、家族も家も守られたのだと確信しました。テレビで皆さんもご覧になったように、大きな被害が出ている中で、このように無事で済んだ事は不思議としか言いようがありません。私たち兄弟一同、子供の時から日蓮正宗の信心をすることができたからこそ、この大震災の中でも御本尊様に守っていただけたのだと思いました。これからも、家族・兄弟・親戚一同が、このたびの教訓を胸に、まじめに信心に励んでまいります。

さて、5月15日は支部総登山です。家庭を持っている私の3人の子とその連れ合い、2人の孫も一緒です。まもなく3人目の孫が誕生しますので、11月6日の支部総登山には10人で三代揃って登山いたします。そして子供・孫にしっかりと法統相続し、信心の大切さを教えてまいります。

私が子供に残してあげる財産も名誉もありませんが、子供・孫の一人ひとりが、それぞれの信心によって、御本尊様より身の福運を戴けるように導くことが、私の使命と思って、がんばってまいります。
大白法 814号)